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ブリテン「ピーター・グライムズ」op.33

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<第50回オペラ公演/二十世紀オペラ・シリーズ>
2013年10月14日(月)14:00/大阪音大ザ・カレッジ・オペラハウス

指揮/高関健
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団
大阪音大学生選抜合唱団

演出/中村敬一
美術/増田寿子
照明/原田治美
衣装/前岡直子

ピーター・グライムズ/小餅谷哲男
エレン・オーフォード/平野雅世
バルストロード船長/枡貴志
セドリー夫人/野間直子
スワロー判事/山川大樹
薬屋ネッド・キーン/藤村匡人
漁師ボブ・ボウルズ/安川忠之
御者ホブソン/西尾岳史
牧師ホラス・アダムス/谷浩一郎
女将アーンティ/西原綾子
姪/大崎友美/喜多ゆり


 今年は生誕百年のアニヴァーサリーだが、それとは一応無関係に大阪音大では、過去に何度もブリテンのオペラを取り上げて来た。ただ、その情熱の寄って来る由縁は不分明で、何やら明後日の方向を向いた上演もあったやに思う。作曲家の性的傾向には知らぬ振りを通し、ボーイ・ソプラノやカウンター・テノールを起用しないのでは、ブリテンの音楽に対する熱意を疑われても仕方無い、個人的にはそう考えている。でも、今回の演奏を聴き終え、やはり「ピーター・グライムズ」は「戦争レクイエム」と並ぶ、ブリテン畢生の傑作との認識を新たにした。

 僕は十年余り前、サイトウ・キネンで上演される「ピーター・グライムズ」を観る為、信州松本まで出掛けた。勿論、指揮者は小澤征爾で、合唱には東京オペラ・シンガーズと、遥々ボストンからタングルウッド祝祭合唱団を招聘しての公演だった。あれは兎に角、コーラスの印象が強烈なオペラ上演で、個々の村人の歌なんかは忘れ果てても、合唱の“ピーターグラーイムズッ!!”のリフレインは、耳に残る音圧と共に舞台の情景も目に焼き付いている。昨年、新国立劇場のプロダクションは見逃したが、今年はご近所で「ピーター・グライムズ」の公演がある。是非、観に行かねばと思う反面、果たして真っ当な上演になるのか、些かの懸念もあった。でも、その懸念は幸いにも杞憂となったと、今は思っている。

 一幕の嵐の場面や出漁の際のコーラス、また二幕のピーターを弾劾するコーラス等、やはり大変な迫力で迫って来る。何時ものオペラハウス合唱団を学生選抜で補強した五十名は、その職責を立派に果たしたと思う。また、大人数のコーラスで満員電車みたいな舞台を、演出家はキチンと交通整理していた。良い意味で常識的な舞台作りだが、常に正面を向いて歌いたがる音大教員を、制止する役目は果たせなかったようだ。

 オペラの主役は飽くまで、無明の闇を進む縁なき衆生のコーラスだが、オケに拠るインテルメッツォもタップリ含まれている。ソロはアカペラで歌われる場合も多く、伴奏の付く時もハープのトレモロのみとする等、“うた”をジックリ聴かせようとするオペラと感じる。その一方、コンサート・ピースとして知られる「四つの海の間奏曲」は、オーケストラが歌と歌との間を繋ぎ、荒々しく広大な自然の脅威を雄弁に語る。

 指揮の高関には絶対的なリズム感があり、対位法的な部分でオケとコーラスの縦を合わせるテクニックに、尋常では無いものがある。また、曲の重心の在り処を把握し、どの辺りでテンションを揚げ、或いは緩めるのかの判断を的確に行えている。リズムを合わせ、フォルテを出す事に集中すれば、ブリテンの音楽の力に拠り、演奏のテンションは自ずと高まる。まあ、縦の合う合わないに関しては、僕には複雑過ぎて良く分からなかったけれども。

 僕が今回、最も懸念したのはタイトル・ロールのテノールだった。良い声の歌手ではあっても、バリバリ歌い捲くるばかりで緩急と云うものを知らない、そんなイメージしかない人だ。果たしてブリテンをマトモに歌えるのか、不安に感じていた。実際に聴いてその懸念は払拭されたのかと云えば、そこには一言では尽せない微妙な問題がある。小餅谷は持ち前の力強い美声で、充分に役柄を歌いこなしたと思う。ただ、この役はパセティックな情感の表出が無くとも、力任せに歌い飛ばせば一応のサマになるのだ。音色の変化に乏しく、抒情性とか寂寥感とかに不足すると言うか、そう云ったものを殆ど意識して歌ってはいない。この人は恐らくピーター・グライムズと云う役柄に対し、何の思い入れも抱いていないように思う。

 エレンの平野雅世は只今売出し中の若手ソプラノで、フォルテでのロングトーンの硬質な声が毅然とした役柄に合うし、メゾピアノ程度の音量で情感を滲ませるメリハリもある。この役柄の偽善性や常識人としての性格付けを考えると、バルストロードにはもう少し重い声のバスが良いように思う。

 サイトウ・キネンと比べたりしなければ、今日はとても良いオペラ上演だったと思う。大阪音大でも遣れば出来る事を証明すると共に、ブリテンの演奏には指揮者の存在が最も重要と、改めて痛感させられた。いずみホールオペラでもブリテンへの適性を示した高関健の起用が、今回の上演の成功の最も大きな要因だったと思う。

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