<びわ湖ホール・オペラへの招待/吉川和夫オーケストレイション版上演>
2012年6月30日(土)14:00/びわ湖中ホール
指揮/寺嶋陸也
ピアノ/斎木ユリ
いずみシンフォニエッタ大阪
演出/中村敬一
美術/増田寿子
照明/山本英明
衣装/半田悦子
一月&総理大臣/相沢創
二月&廷臣/田中千佳子
三月&オオカミ/本田華奈子
四月&警護隊長&カラス/山本康寛
五月&ウサギ&もう一人の兵士&大使夫人&廷臣/栗原未和
六月&もう一人の娘&リス&廷臣/松下美奈子
七月&むすめ&廷臣/中嶋康子
八月&女官長&オオカミ/小林あすき
九月&おっ母さん&廷臣/森季子
十月&女王/岩川亮子
十一月&兵士/青柳貴夫
十二月&博士&古老/林隆史
今年の一月、作曲家の林光は八十年の生涯を終えた。不慮の事故の後、意識を回復しないままの死と仄聞する。高齢でも衰えない創作意欲に溢れ、来年上演予定の新作オペラの計画も進めていたやにも伺う。天寿を全うせずに逝かれたのが悔やまれる、氏は煌びやかな才能の持ち主だった。衷心からご冥福をお祈り申し上げる。
林光のオペラは彼が座付き作者を務めた、こんにゃく座が主に初演を手掛けている。人間の“声”に興味を抱く僕は地声で演唱する、こんにゃく座に馴染めず、これまで積極的に聴く事はなかった。だが、今回の上演はびわ湖ホール声楽アンサンブルに拠る、しかもオーケストラ伴奏での上演で、追悼の意味でも是非聴きたいと思い立ち、今日の会場に出向いた。とは云うものの、びわ湖ホールでの「森は生きている」は、今回が六度目の再演だそうで、これまでに僕も観て置くべきだったと、今は反省している。あれはお子様向けのオペラ公演で、おっさん一人が観るべきものではない、そんな偏見のあったのは確かである。
今日の客席にも、子供連れご家族ご一行様の姿が目に付く。開演前には舞台上手から客を上げ、舞台美術を一巡させて下手に降ろす、ミニ見学ツアーの行われて、びわ湖ホールはファミリー向けサービスに勤しむ様子だった。また、僕の周囲のお子様達は誠にお行儀の良ろしく、上演中に不快と感じるような事も無かった。さすがにオペラ見物のご家族はハイソで、ガキどもの躾けも行き届いてますな。
見学ツアーを終えると本日の指揮者、林光の一番弟子とも云うべき寺嶋陸也が、マイクを持ち舞台に現れる。黙祷するのかと思えば然にあらず、このオペラのテーマ・ソングである「十二月の歌」の練習をさせられた。林光の機会音楽らしく簡素な譜面で、僕のような物覚えの悪い人間も初見で歌える。最後、フェルマータのF音で大声を出すと、三つほど離れた席の男の子が、こちらの方を窺っていた。
とても長いオペラで、今日は相当なカットのあったようだが、それでも上演に三時間以上掛かり、終演は五時過ぎとなった。原作はロシアの童話で、如何にも平易な音楽の続く(音取りは難しいらしいが)のと、作曲者自ら手掛けた台本の良く出来ていて、長丁場でも子供の興味を逸らさない、なるほど何度も再演されるのも頷ける内容がある。前回、びわ湖ホールでの上演は林氏自身がタクトを取り、今回もその予定だったのが残念な事となり、ピアノを弾く予定だった寺嶋が指揮に回った。
作曲家兼ピアニストの寺嶋の指揮は、やはり素人だなと云う見た目だが、なかなか力は込めていた。いずみシンフォニエッタ大阪は腕利きの奏者を集めた高性能オケで、これは放っといても、この程度は弾けるんちゃうかと思うし、寺嶋はやや棒を振り回し過ぎかも知れない。ともあれ少人数の引き締まった音で、オケは物語を快活に進めてくれる。
このオペラでは女声の二人、七月の娘と十月の女王が主役格となる。女王の岩川亮子は昨年の「ウィンザーの陽気な女房たち」のフルート夫人でも、レヴェルの高い演唱で楽しませてくれたが、やはり今回もこのメンバーの中では、歌手として完成度の高さを感じさせる。まず持って伸びやかな声が素晴らしく、アゴーギグの工夫も伝わり、わがまま少女の演技もキチンと板に付いている。
これに対する孤児娘の中嶋康子はレジェーロで綺麗な声だが、今ひとつ表情に乏しい印象。九月の継母と六月の姉娘のコンビ、森季子と松下美奈子は一人づつだとイマイチ映えないが、二人で歌えば精彩がある。マツユキ草の在り処へ案内するアリアとデュエット等、なかなか面白く聴ける。その他、狼のデュエットや難破船のトリオ等、びわ湖ホール声楽アンサンブルが、その技術力を大いに発揮する場面だった。
男声陣では一月の総理大臣、相沢創が聴かせ処を作ってくれた。一月の歌も持ち声自体の良さと、デュナーミクの変化で聴かせたし、総理大臣も良い役作りで客席にウケたが、このキャラはご本人の地のような気もする。因みに相沢は「トリスタンとイゾルデ」ではクルヴェナールの、「アイーダ」ではアモナズロのそれぞれカヴァーを務め、このメンバーの中では実力的にやや抜けているようだ。
岩川と相沢の二人は歌と演技の両面で、プロ歌手としての水準を保っているが、その他の方々は言っては悪いが学芸会レヴェルで、役者としては全くの素人でしかなかった。そもそも、このオペラで唱われる歌は、ベルカントで唱えば必ず効果の挙がる訳ではない。地声で歌うこんにゃく座の為に作曲されたオペラで、専門家の中途半端な歌唱より、歌は素人の役者の方が面白く唱える筈。要するに演技の重視されるオペラで、“歌は語れ、台詞は歌え”なんて惹句もあるが、どうもその反対をやっているような人が、今日の出演者には多かったように思う。
歌手の演技力にデコボコはあったが、童話を原作とするオペラで、演出はそれらしく過不足の無い出来栄え。メルヘンチックな森と宮殿のセットと、背景として使われたホリゾントは綺麗だったし、舞台前の紗幕にプロジェクターで投射し、降らせる雪も幻想的。何れも基本的な工夫で、適切な効果を挙げていた。
林光さんは根っからの舞台育ちで、再演の見込みに乏しい機会音楽に関わる方だった。勿論、使い捨てにされる覚悟はあったろうが、その中から自ずと後世に残る作品も出て来る筈、そう考えておられたと思う。「森は生きている」にも、二度ほどブルースのリズムは聴こえたが、それよりも親しみ易くシンプルな曲作りで通されている。オペラなんて数打ちゃ当たるのジャンルで、生涯に三十三作を量産された林光さんとしても、これ一作が後世に伝えられるだけで、恐らく本望ではないかと思う。
2012年6月30日(土)14:00/びわ湖中ホール
指揮/寺嶋陸也
ピアノ/斎木ユリ
いずみシンフォニエッタ大阪
演出/中村敬一
美術/増田寿子
照明/山本英明
衣装/半田悦子
一月&総理大臣/相沢創
二月&廷臣/田中千佳子
三月&オオカミ/本田華奈子
四月&警護隊長&カラス/山本康寛
五月&ウサギ&もう一人の兵士&大使夫人&廷臣/栗原未和
六月&もう一人の娘&リス&廷臣/松下美奈子
七月&むすめ&廷臣/中嶋康子
八月&女官長&オオカミ/小林あすき
九月&おっ母さん&廷臣/森季子
十月&女王/岩川亮子
十一月&兵士/青柳貴夫
十二月&博士&古老/林隆史
今年の一月、作曲家の林光は八十年の生涯を終えた。不慮の事故の後、意識を回復しないままの死と仄聞する。高齢でも衰えない創作意欲に溢れ、来年上演予定の新作オペラの計画も進めていたやにも伺う。天寿を全うせずに逝かれたのが悔やまれる、氏は煌びやかな才能の持ち主だった。衷心からご冥福をお祈り申し上げる。
林光のオペラは彼が座付き作者を務めた、こんにゃく座が主に初演を手掛けている。人間の“声”に興味を抱く僕は地声で演唱する、こんにゃく座に馴染めず、これまで積極的に聴く事はなかった。だが、今回の上演はびわ湖ホール声楽アンサンブルに拠る、しかもオーケストラ伴奏での上演で、追悼の意味でも是非聴きたいと思い立ち、今日の会場に出向いた。とは云うものの、びわ湖ホールでの「森は生きている」は、今回が六度目の再演だそうで、これまでに僕も観て置くべきだったと、今は反省している。あれはお子様向けのオペラ公演で、おっさん一人が観るべきものではない、そんな偏見のあったのは確かである。
今日の客席にも、子供連れご家族ご一行様の姿が目に付く。開演前には舞台上手から客を上げ、舞台美術を一巡させて下手に降ろす、ミニ見学ツアーの行われて、びわ湖ホールはファミリー向けサービスに勤しむ様子だった。また、僕の周囲のお子様達は誠にお行儀の良ろしく、上演中に不快と感じるような事も無かった。さすがにオペラ見物のご家族はハイソで、ガキどもの躾けも行き届いてますな。
見学ツアーを終えると本日の指揮者、林光の一番弟子とも云うべき寺嶋陸也が、マイクを持ち舞台に現れる。黙祷するのかと思えば然にあらず、このオペラのテーマ・ソングである「十二月の歌」の練習をさせられた。林光の機会音楽らしく簡素な譜面で、僕のような物覚えの悪い人間も初見で歌える。最後、フェルマータのF音で大声を出すと、三つほど離れた席の男の子が、こちらの方を窺っていた。
とても長いオペラで、今日は相当なカットのあったようだが、それでも上演に三時間以上掛かり、終演は五時過ぎとなった。原作はロシアの童話で、如何にも平易な音楽の続く(音取りは難しいらしいが)のと、作曲者自ら手掛けた台本の良く出来ていて、長丁場でも子供の興味を逸らさない、なるほど何度も再演されるのも頷ける内容がある。前回、びわ湖ホールでの上演は林氏自身がタクトを取り、今回もその予定だったのが残念な事となり、ピアノを弾く予定だった寺嶋が指揮に回った。
作曲家兼ピアニストの寺嶋の指揮は、やはり素人だなと云う見た目だが、なかなか力は込めていた。いずみシンフォニエッタ大阪は腕利きの奏者を集めた高性能オケで、これは放っといても、この程度は弾けるんちゃうかと思うし、寺嶋はやや棒を振り回し過ぎかも知れない。ともあれ少人数の引き締まった音で、オケは物語を快活に進めてくれる。
このオペラでは女声の二人、七月の娘と十月の女王が主役格となる。女王の岩川亮子は昨年の「ウィンザーの陽気な女房たち」のフルート夫人でも、レヴェルの高い演唱で楽しませてくれたが、やはり今回もこのメンバーの中では、歌手として完成度の高さを感じさせる。まず持って伸びやかな声が素晴らしく、アゴーギグの工夫も伝わり、わがまま少女の演技もキチンと板に付いている。
これに対する孤児娘の中嶋康子はレジェーロで綺麗な声だが、今ひとつ表情に乏しい印象。九月の継母と六月の姉娘のコンビ、森季子と松下美奈子は一人づつだとイマイチ映えないが、二人で歌えば精彩がある。マツユキ草の在り処へ案内するアリアとデュエット等、なかなか面白く聴ける。その他、狼のデュエットや難破船のトリオ等、びわ湖ホール声楽アンサンブルが、その技術力を大いに発揮する場面だった。
男声陣では一月の総理大臣、相沢創が聴かせ処を作ってくれた。一月の歌も持ち声自体の良さと、デュナーミクの変化で聴かせたし、総理大臣も良い役作りで客席にウケたが、このキャラはご本人の地のような気もする。因みに相沢は「トリスタンとイゾルデ」ではクルヴェナールの、「アイーダ」ではアモナズロのそれぞれカヴァーを務め、このメンバーの中では実力的にやや抜けているようだ。
岩川と相沢の二人は歌と演技の両面で、プロ歌手としての水準を保っているが、その他の方々は言っては悪いが学芸会レヴェルで、役者としては全くの素人でしかなかった。そもそも、このオペラで唱われる歌は、ベルカントで唱えば必ず効果の挙がる訳ではない。地声で歌うこんにゃく座の為に作曲されたオペラで、専門家の中途半端な歌唱より、歌は素人の役者の方が面白く唱える筈。要するに演技の重視されるオペラで、“歌は語れ、台詞は歌え”なんて惹句もあるが、どうもその反対をやっているような人が、今日の出演者には多かったように思う。
歌手の演技力にデコボコはあったが、童話を原作とするオペラで、演出はそれらしく過不足の無い出来栄え。メルヘンチックな森と宮殿のセットと、背景として使われたホリゾントは綺麗だったし、舞台前の紗幕にプロジェクターで投射し、降らせる雪も幻想的。何れも基本的な工夫で、適切な効果を挙げていた。
林光さんは根っからの舞台育ちで、再演の見込みに乏しい機会音楽に関わる方だった。勿論、使い捨てにされる覚悟はあったろうが、その中から自ずと後世に残る作品も出て来る筈、そう考えておられたと思う。「森は生きている」にも、二度ほどブルースのリズムは聴こえたが、それよりも親しみ易くシンプルな曲作りで通されている。オペラなんて数打ちゃ当たるのジャンルで、生涯に三十三作を量産された林光さんとしても、これ一作が後世に伝えられるだけで、恐らく本望ではないかと思う。